院長紹介
院長 三浦 昇
ご挨拶

初めまして。院長の三浦昇です。2026年4月、前院長であった父・均がくも膜下出血で急逝したため、この度医院を継承しました。
私は大阪府八尾市で、歯科医師である父のもとに生まれました。高校卒業後は一年の浪人期間を経て京都大学法学部へ進学し、大学卒業後は銀行へ就職しました。
けれど、自分が本当にしたいことを突き詰めていくうちに、何十年も同じ患者さんを診続け、誰かの人生に長く関わる父の仕事に惹かれました。「結局、自分が求めていたのは、父がやっていたことだったんだ。」そう気づいた私は銀行を辞め、歯学部へ編入しました。そうして、一度は選ばなかった歯科医師という道を歩き始めました。
父の突然の死を受けて
先述の通り、2026年4月に父がくも膜下出血で急逝し、40年続いてきた歯科医院が残されました。
「医院を継ぐ」
言葉にすると簡単ですが、私にとっては大きな決断でした。父を信じて何十年と通ってくださった患者さんを大切にしながら、自分はどんな歯科医療を提供していくのか。その答えを考え続けながら、私はこの医院を継承しました。
たしかに父と私では、考え方が異なる点もあるかと思います。しかし、「患者さんにとって、何が一番良いのかを考えること」こそが、当院の原点であり、変えてはいけない核だと考えております。
「家族と同じ食卓を囲める」「好きなものをおいしく食べられる」そんな日常を支えていくことが、私たちの仕事だと考えています。
「治す歯医者」から「守る歯医者」へ。
これからの三浦歯科が、特に力を入れていきたいのが予防歯科です。どれほど良い治療をするか以上に、そもそも歯を失わないことが大切だということ。歯が悪くなってから歯科医院へ行くのではなく、悪くならないために通う。定期検診やメインテナンスを通じて、むし歯や歯周病を予防する。
「一生、自分の歯で食事をする。」そんな当たり前の幸せを、一人でも多くの患者さんに実現していただきたい。それが、これから私たちが目指す歯科医療です。
院長一人では、良い歯科医院はつくれない。
当院には、30年、40年と働いてくれているスタッフがいます。これは、私たちの医院にとって大きな財産です。父の代から働いてくれているスタッフたちによって、頼もしい医療チームが構成されています。

スタッフの声
30年以上この医院を知るスタッフから見た「昇先生」
「とにかく、穏やかで優しい先生です。」
昇先生は、スタッフの意見をとても大切にしてくれます。何かを一方的に決めるのではなく、私たちの話を聞いてくれる院長です。それは患者さんに対しても同じ。患者さんのお話を本当によく聞いています。歯科医院に不安を感じて来られる患者さんにも優しく接するので、安心して通ってくださっている患者さんが多いと思います。
そして、普段は穏やかな先生ですが、実は誰よりも仕事熱心。診療が終わって私たちが帰ったあとも、一人で夜遅くまで医院に残って仕事をしていることがあります。
私たちはこれから、昇先生にはもっと「昇先生らしい医院」をつくっていってほしいと思っています。
子どもからお年寄りまで。家族みんなで、一生通える歯科医院へ。

私たちが目指しているのは、治療が終わったら関係も終わる歯科医院ではありません。小さな頃から通っていた子どもが大人になり、結婚し、やがて自分の子どもを連れて来てくれる。そして年齢を重ねても、自分の歯で食べ、自分らしく笑える。そんな人生を、お口の健康から支え続けたい。
いわば、「ゆりかごから人生の最期まで。」親から子へ、子から孫へ。家族みんなで安心して通っていただける歯科医院を目指しています。
40年の信頼を、次の40年へ。
父がつくった医院を、そのまま残すことが「継承」ではないと私は思っています。大切なものを守るために、変わり続ける。
父から受け継いだ患者さんへの想い。何十年も医院を支えてくれているスタッフ。そして、長く通ってくださっている患者さんとの信頼。守るべきものは、しっかり守る。
一方で、予防歯科や歯周病治療をさらに充実させ、時代に合った歯科医療へ進化していく。受け継いだ40年の信頼を、次の40年へ。それが、この医院を継いだ私の役割だと思っています。
三浦歯科医院院長 三浦昇
院長の素顔


- 出身
- 大阪府八尾市
- 出身大学
- 京都大学法学部/岡山大学歯学部
- 好きな言葉
- 「和」
- 趣味
- スポーツ観戦、ラジオ・映画・お笑い・音楽鑑賞、甘い物
- 休日
- 子どもと過ごすこと
- 毎日欠かさないこと
- お風呂掃除
家では子育てに追われながら、料理以外の家事はだいたいやります。職場では歯科医師として、家に帰れば普通のお父さんとして。どちらの時間も大切にしています。

